○平成16年度 行政書士過去問題集・教養○
■10問目 回答結果■
不正解!
正 解:5
時 間:6767秒
正解数:1問

第11問目
問題45 次の文章の下線部で「芸術は人間が生きていく上で最も基本的な条件に属する」といっているが、
その理由として最も適当なものは、1〜5のうちのどれか。

 私は〜芸術の長い歴史の上での歩みとは切り離したところでいうのだが〜芸術とは、それが生活の上で、芸術とは別の何かに奉仕するた
めにあるものだとは考えない。ということは、なにも、いわゆる芸術至上主義、芸術のための芸術という立場から考えてのことではないの
である。「芸術のための芸術」という考え方は、すでに、芸術はほかの何かのために奉仕できるものだということが前提にあり、
役に立ちうるものであるがそうやって奉仕するのは拒否するという立場の表明であろう。私は芸術がほかのもの〜宗教なり政治なり、
そのほかの何なり〜に奉仕するかしないかは、そのときどきの問題でしかないと考える。私にとって、それ以前にある重要な点と考えら
れるのは、芸術は人間が生きていく上で最も基本的な条件に属するということである。芸術は、ちょうどわたしたちが食べたり着たり、
住んだりするもの、そいういうところを必要とするのと同じように、私たちにとって欠くことのできないものなのである。
私たち、食事をする場合、どんな味がしてもかまわないといって食べるたろうか?そういう場合もあるのは事実である。
異常な事態のもとで、かろうじて、飢えをしのぐにたるものを求め、ようやく探しあてたといった場合がそれだ。私たちは、
いつも飢え死ぎりぎりのところで生きているわけではない。そういうとき、私たちは、それを食べることがより自分の「好み」に合うよう
な食べ方をしたいと望む。それは「うまいもの」であってもよいが、必ずしも、一年中うまいものだけを追い求めているわけではない。
ただ、私たちのなかに何かがあって、あるものを選ばせたり、ある種の食事の仕方を、ほかの仕方より、
してみたいという気持にさせるのである。
 私は、芸術とは、私たちの好みとか志向に関与するそういう力と同じような根源的な働きに属する何かだと考える。
それは選択に当たっての「好き嫌い」だけではない。しかし私たちの好悪の感情といえども、それは表面的、皮相なもののようでいて、
実は人間存在の本源に根差すある生命的な重要さをもつ働きに通じたものであることを、忘れないほうがいいだろう。
家を建てる場合、食べものを決める場合、身につける衣装を選ぶ場合、どんなときにも、私たちのなかには、ある選択の原理が働いている。
芸術はそれと同じ根から生まれるものであって、何かに奉仕するために、自分のなかの本源的要求と食いちがうものを我慢してみても、
それは長くは続かない。同じような用途にあてる日常品の場合でさえ、私たちは気に入るものと、気に入らないものとがあるのに気がついて、
自分で自分に驚く。芸術はなにも「美しいもの」にだけ関係しているのではないけれど、しかし、私たちの内部にあるところの一つ
の「針」が、あるものは受けつけ、あるものは避けようとするのである。そうして、私たちは、自分の喜んで迎えるものを、
「私はこれが好きだ」と呼ぶ。
(出典 吉田秀和「マネとドゥガ」より)

*下線の部分は、「芸術は人間が生きていく上で最も基本的な条件に属する」の部分

1 芸術は芸術自体のためにあり、その表現を必要とする芸術家にとって掛け替えのないものであるから。
2 芸術がほかのものに奉仕するかしないかは、その場合によるので、芸術は、人間である作者とそれ自体で完結しているから。
3 芸術は、食事が人間の肉体にとって必要欠くべからざるものであるのと同様、我々の精神にとっての食事となるものであるから。
4 芸術に対して、各個人が好悪の感情を持つことが、芸術が人間の本源的要求と結びついていることの証明であるから。
5 芸術に関して我々人間は、家や食事、衣類などと同様にどれがよいのかという選択評価を行うから。









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